泣いちゃいました。

ここのところ、ブログが書けなかった。

ちょっと、いろいろとありすぎた。

まだ、私の中ですべてを整理できないままだ。


苦しい時には、ゆっくりすればいいのに、と思うし、

これまで「頑張りすぎるな」という言葉を、どれほどいろいろな友人からかけてもらったか・・。

なのに、私の根っからのくせで、ゆっくりしている自分は好きではないので、

さらに、何かをプラスしようとしてしまう。

どんだけ追い込むのが好きなのか、と、自分でもわからないが、

昨日はもう、限界がきてしまったようで、とうとう泣いてしまった。


それも「しくしく」とかいう程度の泣き方ではなかった。

大切な人をなくしてしまったかのような、

かなり大げさな泣き方だったので、泣いている本人、私自身が、驚いた。

それは息子たちとの口論から、始まったものだが、

口論の内容が原因ではなかった。

私自身のいろいろなもの(抱えているものや、ためてきたものや、

過去や、反省や、悲しみや、もう様々なこと)が、一度にバーストしたのだった。


壊れてしまったような泣き方をしたので、息子たちは心配し、

いそいそと、食事の後片付けをしてくれた。

私は子供のように、ただただ泣き続けた。


なんという母親なのか、とカッコ悪いが、

このような泣き方を子供たちに見せたのは、父親が亡くなった時だけだったし、

私自身が、もう保てないところまで、一人で抱え込みすぎたんだと、おもう。


たくさん泣いた次の日は、涙の後遺症のようなものがあって、

今日はリカバリーに時間を費やした。

少し、自分が回復したころ、

息子ともゆっくり、冷静に、正直な話をした。

息子も私の気持ちを、冷静に受け止めた。(とおもう。)


いろいろなことが起こるときは、

きっと、やるべきことがあるからなんだろうと思うし、

その先に解決できる道があるからなんだろうとおもう。


人間だから、悩むし、なくし、わめくし、けんかするし、

みっともないこともたくさんある。

そして、みっともないんだけど、

私はこうやって生きていくんだろうなあ。


今は、まだまだ亡くなった父と母には、「がんばったやろ~!」といって、

笑顔で会えないな。申し訳ないことばかりだよ。。

でも、いまだに親に支えてもらっているのも、心で感じている。

不思議だけど、いるんだな。

だから、負けるわけにはいかないんだ。


思い切り涙を流させていただいたから、

また、がんばっていこう!




札幌滞在記

8か月間、札幌に住むことになりました。

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